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東京地方裁判所 昭和28年(ワ)5080号 判決 1955年3月16日

原告 株式会社今泉清商店

被告 石上延治

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告は原告に対し実用新案登録第四〇一五五一号浮袋の実用新案権につき名義移転登録手続をなせ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として原告はゴム引布製品の製造販売並にビニール製品の加工卸売を目的とする株式会社で、被告はその創立当時から取締役(当初は常務取締役後に専務取締役)であつたが昭和二十八年一月五日退任したものである。ところで原告はその営業品であるゴム製浮袋を累年東京都内主要百貨店に納品、卸売をして来たのであるが、昭和二十六年春頃納品先の一つである伊勢丹(百貨店)の仕入担当主任者より浮袋の空気入弁に空気の漏出を防止するキヤツプを挿篏する改良装置の製作を示唆勧告されたので、原告会社においては、役員、従業員一同協議し被告も役員の一人として右協議に参画し、その結果後記検甲第一号証のキヤツプを協議案出し右案出に係るキヤツプ取付製品は各百貨店より好評を博した。右考案は原告会社役員従業員一同の綜合的経験的思考の結集によつて成立したものであるから、原告会社自身の考案と言うべきである。尤も思考と言うような精神活動は自然人でなければできないということから法人の考案という考え方を否定するものもあるが巧緻な駈引や画策がこれに参与した数多の個人の誰にも帰することができないもので、その参与した多数人の意思の総和綜合である場合、法人に各個人とは別箇の意思と行動力を認めざるを得ないところからしても法人の考案ということは何等異とするに足らないし特許法、実用新案法等にも考案者を自然人に限る旨の規定はない。されば前示キヤツプの考案者は原告会社自身であつて、実用新案の登録出願の際も原告会社出願名義となすべきものであつたが、便宜上右考案に参画した被告の名義で昭和二十六年十月二十七日実用新案登録の出願(昭和二十六年十月実用新案登録出願第一九〇七一号)をなし、法定の手続を経て昭和二十八年四月三日被告を権利者とする申立掲記の実用新案の登録を見たのである。しかしながら右実用新案の考案者はすでに述べたように原告会社であつて被告個人ではなく、被告名義で登録出願をしたのは、その出願当時被告は原告の専務取締役であつたので、その任務上原告会社のために出願名義人となつたに過ぎず、又右出願の結果実用新案の権利名義者となつたに過ぎないものであり、従つて被告が出願名義人となつたのは商法第二百五十四条第三項の委任関係によるものと解すべきであるから、前述の如く昭和二十八年一月五日取締役退任と同時に右委任関係は終了したので、民法第六百四十六条第二項により、ここに被告に対し申立掲記の実用新案権につき原告のために移転登録手続をなすべきことを求めるものであると述べた。<立証省略>

被告訴訟代理人は原告の請求を棄却するとの判決を求め、原告主張事実中原告がその主張の事業を目的とする株式会社であり、被告が原告会社創立以来の取締役(当初は常務、後に専務となる)で昭和二十八年一月五日その取締役を退任したものであること、原告がその営業品であるゴム製浮袋を累年東京都内主要百貨店に納品、卸売をして来たが昭和二十六年春頃納品先の一つである伊勢丹の仕入担当主任より浮袋の空気入口の口金がゆるむことによる空気の漏出防止方法の考案を勧告され(キヤツプの製作考案を勧告されたのではない。)たこと並に検甲第一号証の考案につき昭和二十六年十月二十七日被告名義で実用新案登録出願をなし法定の手続を経て昭和二十八年四月三日被告を権利者とする原告主張の実用新案の登録を見たことは何れもこれを認めるが、その余の点は否認する。原告会社はその目的中空気枕、海水用品、ゴム引布製品一切等の製造を掲げては居るが実際には製造はしないで、他から既製品を仕入れて販売するのみであつて、技術改善、新規工夫をなす設備も研究費の予算もなく、被告は常務ないし専務取締役として、商品の仕入販売を担当したが、技術担当役員でないのみならず原告会社には技術担当者はない。被告は伊勢丹の仕入担当主任より前述の通り考案の勧告を受け考案を重ねたが良いものが考へつかずに居たところ、昭和二十九年九月頃病友を見舞つた際病床にあつた薬瓶のキヤツプにヒントを得て独力で検甲第一号証の考案を案出したものであつて原告会社の役員並に従業員の協議により案出されたものではない。従つて考案者は被告であり、実用新案権は被告の権利に属するものであると述べた。<立証省略>

理由

原告がその主張の事業を目的とする株式会社であり、被告が原告会社創立以来の取締役(当初は常務、後に専務となる)で昭和二十八年一月五日退任したものであること、原告の営業品なるゴム製浮袋の顧客である東京都内百貨店伊勢丹の仕入担当主任者からの示唆勧告に基き検甲第一号証(本件実用新案の浮袋の口金のキヤツプであることに争がない。)の考案が案出されたこと並に右考案につき昭和二十六年十月二十七日被告名義で実用新案登録出願がなされ、法定の手続を経て昭和二十八年四月三日被告を権利者とする原告主張の実用新案の登録を見たことは何れも本件当事者間に争がない。ところで原告は右考案は原告会社の役員、従業員一同の綜合的思考の所産で、原告会社自身の考案と言うべきであるから考案者は原告であり、本件実用新案の実質上の権利者は原告であると主張するけれども、我国の実用新案法においては外国の立法例中に存する如く出願者主義(この主義によれば考案者でない考案の準占有者も実用新案の登録を受け得る場合が生ずる、)を採つていないと同時に、実用新案の登録を受けることができるものは考案という事実行為をしたものに限定していることは実用新案法第一条によつて明であり、従つて代理人による考案、機関による考案の観念を容れず、法人の考案を認めることはできない。このことは実用新案法第二十六条によつて準用される特許法第十四条により法人の役員(業務を執行する役員)のなした考案については性質上その法人の業務の範囲に属し且その考案をなすに至つた行為が役員の任務に属する場合のものを除くの外、予め法人をして実用新案の登録を受ける権利又は実用新案権を承継させることを定めた契約があつても、その契約を無効とし、又右除外例の場合においては契約は無効とはしないが、法人が登録を受ける権利又は実用新案権を承継する場合には役員は相当の補償金を法人より受ける権利があること、並に右の如く法人が権利を承継しない限り、実用新案の登録を受ける権利又は実用新案権を取得することなく、単に実用新案の実施権を有するにすぎない旨の規定の存することからしても推知することができるのである。従つて若し本件実用新案の考案が、原告主張の如く、原告会社の役員従業員(被用者)一同により共同案出に係るものならば右共同案出者の考案とはなつても、原告会社自身の考案とはならない。(尤も所謂工場考案とも言うものが考へられる。多数の被用者の協力により既に存する工場の設備、経験等を利用して徐々に成立した考案であるが、何時とはなしに又誰ともなしに案出された場合で案出者が特定できない場合である。我国の法制下ではこのような考案者の不特定な工場考案については何人も実用新案の登録を受け得ないであろう。)以上説示したところにより原告会社自身が考案者であり、実質上の実用新案の権利者たるべきものとする原告の主張の理由がないことは明であるのみならず、本件全証拠によつても検甲第一号証のキヤツプが原告会社の役員、従業員の協議により案出された事実は認め得ず、却つて証人続田敏明(一部)、中野一正の各証言並に被告本人訊問の結果を綜合すれば原告会社はゴム引布製品の製造販売並にビニール製品の加工卸売を目的とはしているが、専属の製造工場があるわけではなく、他の製造所へ製造又は加工を注文し、その製品を卸売することを業としている状態で、技術研究の担当職員などもなく、本件浮袋の実用新案も、偶々伊勢丹の仕入担当者から空気漏出防止装置をなすべき旨の示唆勧告を受けた被告において、病友を訪問の際、薬瓶のキヤツプにヒントを得て考案し、原告会社の加工注文先である訴外亀戸ゴム工業株式会社に試作させ、この試作品の一部に改良を加えて完成したものであることが認められる。尤も証人村田善雄の証言によれば右試作品の注文は被告の書いた図解により被告から原告会社の名で発せられた形式になつていることは認められるけれども原告会社名義で試作品が注文された事実は考案が被告の案出であることと必ずしも矛盾することではない。(なお、原告は甲第三号証の一乃至三、第四号証の一、二第五号証の一乃至三、第六号証、第七号証の一、二検甲第一号証の星印等により係争浮袋の口金のキヤツプが浮袋と共に原告の商品として売出されていることを立証し、以て原告が本件実用新案の考案者であることを証明しようとしているけれども、原告自身が事実上考案者から権利を承継したというような特段の事実の具体的主張がない本件では原告の商品として売出されていた事実だけでは、何等の争点の立証ともなり得ないであろう。)

上来説示したところにより原告会社自身が考案者であり、被告が原告会社専務取締役であつたため、形式上被告名義で実用新案登録を受けたとの事実の存在を前提とする原告の本訴請求の失当であることは明白であるから、これを棄却する。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 毛利野富治郎)

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